夢小説B

【鈴の音〜繰り返される朝〜】
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01●目覚め


リン...リン...
か細い、軽やかな音が聞こえた。これは・・・鈴?畳に落ちて跳ねたような事。咄嗟に拾わなくちゃと思った。
『ん・・・』
体が重い。どうして?

(おはよう、主。)
声がした。意思の強そうな声。いつもこの声から私の一日が始まる。
(彼が朝食を作って待っているんだ。身嗜みを整えなければならないだろう?ほら、きみが起きなきゃ何も始まらない。目を覚ましてくれ、主。)
頭を撫でてくれるその手が少し強いんだけど、暖かくて・・・微睡みの中で思わず口元が緩む。
『うん・・・今起きます。ありがとう・・・』

**さん

『っ!?』
突然目が覚めて飛び起きた。そこは見慣れた和式の部屋。使いなれた布団、嗅ぎ慣れた甘いお香の薫り。
『・・・私、今誰の名を呼んだの?』
変な夢を見た。汗が酷い。着替えようと布団を出ようとしたとき、それが視界に入った。

「・・・」
『っ!?狼???』
蜜色の瞳、藍色に近い黒い毛並。布団に上半身を起こしている私と同じくらいの大きな体をした狼が傍で私を見ていた。
じーっと、吠えるでもなく私を見つめてくる。視線を反らすことなく、静かに瞬きを繰り返している。
『?』
こんな狼、ウチの本丸にいたかなぁ。ふと疑問に思う。

『ウチの本丸?』
その時、ズキッと右手の甲が痛んだ。痛っと声を上げた時、何故か傍にいた狼もグルッと小さな声を漏らす。
『?』
「・・・」
不思議とこの狼に見覚えがある気がした。よく見ると狼の体は何処も傷だらけで、毛並は綺麗で汚れもないのに、右目は瞼に古傷があり閉じられている。前脚に至っては右脚が義足、左の脚先は包帯で覆われ、私からじゃよく見えないけど、胴体の方も傷のような跡が少し見えた。

『・・・』
やっぱり、こんな狼ウチの本丸にいたかなぁ。
また同じ疑問が浮かぶ。

前田「主君、お時間です。」
『前田くん・・・』
声が聞こえてきて、慌てて障子を開けた。そこには見慣れたおかっぱがある。

『おはよう、前田くん。いつもありがとう。』
顔を上げた彼は、薄茶色髪に幼い顔、紺色の軍服にマントを羽織った私の御世話係。そんな彼が、ふと私の隣にいた狼に視線を送った。
『前田くん、この狼なんだけど・・・』
前田「この部屋は締め切っていたはず・・・何処から入ったのでしょうか。」
『そう言われれば・・・』
ウチで飼っていたかを気にしていて、どうして部屋にいたのかは気にしていなかった。寝る前にはもう部屋の中にいたんだろうか?

前田「今すぐ追い出しますか?」
『ううん、大人しい子みたいだから、良いよこのままで。』
前田「かしこまりました。それでは、ご仕度を。」
『うん』
身仕度を進める間、狼は見張りでもするように障子戸の傍で廊下側を向いていた。

『・・・前田くん。あの狼の事なんだけど。昨日、誰かが連れてきたの?』
前田「・・・」
不思議な間があった。

前田「主君」
『はい』
前田「まだ寝惚けておられるのですか?」
『え・・・と、ごめんなさい。』

前田「ひとつずつ確認しましょう。此処は何処です?」
『私の本丸』
前田「あなたは誰です?」
『この本丸の審神者、皆の主』
前田「皆とは?」
『私が顕現した刀の付喪神、刀剣男士のこと。』
前田「なんの為の本丸でしょう」
『歴史改変を目論む時間遡行軍に対抗する為の本丸』
前田「昨日のご記憶は?」
『昨日は・・・えっと・・・?』

あれ?昨日??
問い掛けながらも手を止めることなく身仕度を手伝ってくれていた前田くんの視線が刺さる。
『(昨日・・・どころか、私・・・この本丸に来た日も、前田くんを顕現した日も思い出せない・・・)』
前田「主君?」
『・・・前田くん、私。アルツハイマーかもしれない。』
前田「昨日は日課である政府からの依頼を承け、遠征・出陣・演練全てを滞りなくこなし、夜は皆で酒を飲み、主君は酔ってお眠りになりました。」
『・・・お酒で記憶が無いだけってこと?』
前田「はい」
『じゃあ皆を顕現した時の記憶がないのは?』
前田「っ!」
淡々と手伝ってくれていた前田くんが、初めて驚いた顔をして私を見た。

前田「え?」
『(あ・・・私、これ聞いちゃ駄目だったかも)』
前田「本当に・・・記憶が・・・」
『なーんて!ごめん、冗談にしては酷すぎたよね!本当にごめん。大丈夫覚えてるよ。前田くんは私が初めて鍛刀して顕現した短刀。主として全然駄目だった私を、一番長く傍で助けてくれた大事な刀。本当にいつもありがとう、前田くん。』
そう、思い出せないけど事実は覚えてる。大好きだってことも、とてもお世話になっているって感謝の気持ちも本物だ。
私の言葉に、彼は笑みを浮かべた。

前田「お戯れなら、もう少し優しいものにしてください。流石に肝が冷えました。」
『うん、上手な驚かせ方を勉強しようかなぁ』
前田「ご冗談を・・・さっ終わりましたよ。燭台切さんがお待ちです。」

ゾクッと、全身が粟立った。

『・・・?』
前田「・・・主君?」
『(・・・何、今の。)』
前田「如何されました?」
『ん?うん、大丈夫・・・』
今は何ともない。何だったんだろうか。

『行こうか』
前田「はい」
部屋を出る時、あの大きな狼が私をじっと見つめていた。その蜜色の瞳が、異様に瞼に焼き付く。

右手の甲が、またズキリと痛んだ気がした・・・
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